Vol.07:オンライン授業と学びの深さ(2021.1.14)

オンライン授業と学びの深さ

 コロナ禍で、小学校から大学まで、学校は大きな影響を受けている。特に2020年4月には公立の小中学校でも一斉休校になった。一斉休校はすでに広がりつつある子どもたちの学力格差をさらに拡大すると懸念されている。家庭の経済格差を反映したパソコンとインターネット環境の差から起こると考えている人が多い。遠隔授業が余儀なくされたときに、経済的に余裕がない家庭では遠隔授業を視聴するためのパソコンやタブレットがない、あるいはオンライン授業を視聴するための高速回線の環境がない家庭の子どもたちの学びの遅れを心配する声があいつぐ。

 21世紀に、ネットリテラシーは、社会で生きていくうえで、もはやなくてはならない資質であり、子ども1人1台の学習端末の配布や学校・家庭でのネット環境を整える支援はもちろん必要である。しかし、ここで考える必要があることは、端末とネット環境の支援で十分か、ということである。

 人間はさまざまな思考のバイアスをもっているが、その中でもよく知られるのは、必要条件と十分条件のとりちがえである。人は○○がXXのために必要とか、役に立つというと、「○○さえすれば、XXは達成できる」と思ってしまいやすい。大学生に、「この授業の単位をとるには80%の出席が必要」と告げる。すると、多くの学生は80%出席すれば、単位は確実にもらえると思い込む。

 学習端末とネット環境整備についてもこれと同じことが言えるのではないか。端末と高速回線は、これからの学びにとって必要条件ではあるが、十分条件ではない。いくらパソコンが1人1台あてがわれ、高速のインターネット回線が学校や家庭で使用可能になっても、それだけで深い学びが保証されるわけではない。

 では「深い学び」とは何だろうか? 認知科学のノーベル賞ともいえるデイヴィッド・ルーメルハート賞を受賞された、アメリカのアリゾナ州立大学のミキ・チー教授は「学びのICAPモデル」(図1)を提唱している。学びの深さには階層があり、もっとも深い学びがインターラクティヴ(Interactive)な学び、次が構成的(Constructive)な学び、3番目が能動的(Active)な学び、一番浅い学びが受動的(Passive)な学びで、それぞれの頭文字でICAP(アイキャップ)である。

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図1 Miki Chi教授のICAPモデル

 ICAPモデルでは、学びの階層は、新たに入ってくる情報、つまり教えられる内容がどれだけ学び手がすでにもっている知識と出会い、合体し、新しい知識を生み出すことができるかの度合いできまる。

 このモデルの最下層にある受動的学び(Pモード)では、子どもは教師から与えられる情報をひたすら受動的に聞くことに終始する。このモードの時、子どもの頭の中は図2のようである。新しい情報は耳から入ってくるが、脳の中で、子どもがすでにもっている知識と出会うことなく、スーッと出て行ってしまう。こういう状況だと、学習内容が記憶に定着することはほとんどない。学習直後には多少覚えていても、1週間もすればすっかり忘れてしまうのである。

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図2 P(受動)モードのときの子どもの頭の中。 入ってくる情報は既存の知識と結びつかずに素通りして出て行ってしまう。


 これに対して、階層の上位に位置づけられるC(構成的)モードでは、学び手がすでにもつ知識が新しく入ってくる情報に歩み寄り、手を結び、新たな情報は知識の体系に組み込まれる(図3)。最上位のIモードはCモードに、他者の視点が加わることで、複数の学び手の知識が互いを触発し、新たな知識が作り出される(図4)。

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図3 C(構成)モードの学びの頭の中。 新しい情報が既存の知識と出会い、関係づけられる。

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図4 I(インターラクティヴ)モードの学びのイメージ。 二人の頭の知識が互いを触発し、一人だけでは得られない新しい視点から知識を創造する。


  授業の動画配信をしている学校が多いが、この形式はPモードの典型である。先生たちが多大な時間を費やし、教科書を整理して教えても、動画配信の一方通行で子どもの学びがPモードになってしまうと、その内容はほとんど長期的には記憶に残らず、学習による知識の変化が何もない。

 情報が一方的に供与される動画配信よりは、オンラインでも、先生と子どもたちがやりとりするインターラクティヴな授業のほうが学びは深まるだろう。しかし、この方式でも、教室でのリアルな対面授業と同じ深さにするには、リアル授業以上の工夫が必要だ。私たちは、視覚や聴覚だけでなく、触覚や匂いなども含めて環境中のさまざまな情報を学びの手がかりにする。発言者の表情や視線も重要な手がかりとなる。オンライン授業では、いくらインターラクティヴでも、話し手の視線や表情は見えにくい。

 私自身、今年度は春学期、秋学期ともオンライン授業を余儀なくされた。そのときに何とかCモード、Iモードの学びを担保しようとずいぶん考え、工夫もしてみた。学びを深めるには、毎時間課題を出し、授業の外の時間で、資料を読み込み、小さいグループで課題について話し合うという事前準備をしてもらったうえで授業に臨むというやり方をしてみた。これまでの教室での授業に比べ、読む資料の準備、課題の準備、授業の準備など、ずっと多くの時間が必要だった。学生のほうも、例年よりも宿題が何倍にもなり大変だったと思う。しかし、授業の少人数でのディスカッション、それに先立つ個人の資料読みを通じて、これまでの教室の授業よりも深い学びができたという声もあがっていた。

 オンライン遠隔授業も、ICTも使い方次第。提供された設備を使うだけでは、深い学びは生まれない。教室でも、オンラインでも、教師と子どもたちがともに学びをつくるという意識のもと、どうしたらCモード、Iモードの学びにできるかをともに探求していくことが重要である。

慶応義塾大学教授 今井むつみ

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