Vol.43:夢を描く高校生(1)―グローバル教育者

◆はじめに―高校生の声がない教育議論
 本稿と次稿は、「夢を描く高校生」を題材とした一種の著作です。高校生をボストンの世界的な大学の研究者とつないできた「ボストン研修」というプログラムを長年企画し実施してきたグローバル教育者と、研修に参加した高校生たちの共著ということもできます。

 この中で私たちは、学校教育を高校生の夢を育てる場にするにはどうすればよいか、その手がかりを提案します。夢を描く高校生! 自分が好きで、誇りをもち、自分を肯定して夢を描く。素敵なことですし、当たり前でしょう。
 しかし現実はどうでしょうか? 私たちのボストン研修に参加する高校生の半数以上は、自分が好きになり、誇りをもち、自分を肯定して夢を描きたい、という動機をもっています。

 私は一般財団法人教育調査研究所を通して、数々の教育議論を勉強する機会に恵まれてきました。また、幾つかの教育シンポジウムに参加する機会もありました。ところが勉強するにつれて、ある疑問が沸いてきました。どの議論も、教育学者、学校教師、塾講師、文部科学省など選りすぐられた専門家の間で行われています。

 でも私はふと大事なことに気づきました。それらが教育を行う側だけの議論で、教育を受ける側、すなわち「高校生」の声がないことです。問題を解決するときに、関係者(stakeholders)を網羅して、建設的に議論を広げることは世界の常識です。
 「高校生の声」を発信するという一石を投じて波紋を広げ、ゆくゆくは市民も巻き込んだ広い議論へ。これが私たちの意図です。

◆夢を描く難しさ―高校生の悩み
 日本の若者の半分に近い割合が自尊感情と自己肯定感が低く(すなわち、自分が好きで、誇りをもち、自分を肯定することができない)、夢を描くことができていません。意識調査の国際比較(日本財団「18歳意識調査」2019年)は、英国、アメリカ、ドイツや同じアジア圏の国々(インド、インドネシア、ベトナム、中国)と比較して30ポイント、お隣の韓国と比較しても、夢を描く日本の若者は20ポイント低いことを明らかにしました。

 教育学者である安彦忠彦は、高校生の多数の意識調査を詳しく比較したうえで、同じ結論に至っています(安彦忠彦『自己評価のすすめ』2021)。同じく安彦は次のようにも指摘しています。
 「日本の教育者や学者は、主体的で対話的で深い学びや、教科横断による探究活動、◯◯教育ばかり言っているが、本来の教育の目標である『自立と共生』が抜けている。カリキュラムや評価は目標の従属変数である。」(教育調査研究所「第5回ラウンドテーブルディスカッション」2023)。

 もし教育現場が、教科書と指導書に頼り切って、教えることで精いっぱいならば、もし教育者や学者同士の議論も、教える技能の論議に終始するならば、生徒の多くは、学力で他人と一生競争する価値観しかもてなくなるでしょう。

 高校生は悩んでいます。日常的な受け身の教育と、頻繁に繰り返される試験。塾のウェブサイトは、次のように模擬試験を宣伝して危機感を煽ります。
「高3では1学期に1~2回、夏に1~2回、そして2学期は1か月につき1~2回程度の受験が適当といえます。」

 彼ら彼女らは、1年生のときに一生の進路を決めるという重圧を日々感じています。ここでいう進路とは、どの大学のどの学部(専門分野)を選ぶか、ということです。
 端的にいえば、模擬試験を何度も受けて自分の身の丈を知り、自分の偏差値でも受け入れてくれる大学の学部を決める。もはや虐待に近いというべきでしょう。こんな生活で自分を肯定し、誇りをもち、夢を描くことができるでしょうか?

◆自分の夢を描くようになった高校生
 次は、私たちのボストン研修に参加して「夢を描くようになった高校生」の言葉です。
 「I want to be a wonderful person! 私はボストン研修で初めにこう話しました。自分に自信がもてず、夢をもてず、意見を言うことや挑戦することが怖いと感じていたり、物事をすぐに決められなかったりする自分が嫌いでした。でも研修に参加して、今の自分を全部受け入れて、そのうえで、もっと好きな自分になる、ということが「魅力のある人」になる方法だとわかりました。たくさん迷っていろいろ経験して自分が本当にやりたいことを見つけるのもいいと思えます。今はもっと好きな自分になるために、たくさんの知識をもっていたり、積極的に挑戦したり自分の得意なことをもっている人になれるようにがんばっています。」

◆ボストン研修―「自立」と「共生」へ
 COVID-19パンデミックのために、今のところボストン研修はオンライン研修です。その内容を次に紹介します。

 研修の土台は、私の夢と未来(My Dream & My Future)で、一人一人の活動です。講師は、生徒たちにこう言います。

〇“Be a bee. Don’t be a fly.”
(自分を高めなさい。卑しめてはいけない。)
〇“Working towards your dreams will take you to a higher place and you will see things more clearly!”
(自分を高めれば、より広い世界が見えてくる。)
〇“If you have a guide in life, do what the guide tells you to do!”
(人生のガイド「メンター(師)」に出会ったら、その助言を大事にして。)
〇“When climbing a mountain, you sometimes have to go down in order to climb higher!”
(より高みを目指すためには、時には下ることも。)
〇“Continue to learn from your experiences even after they are over.”
(自分の経験を反芻して学び続けなさい。)
〇“The world is your classroom, the people you meet are your teachers!”
(世界があなたのクラス、出会った人たちがあなたの師。)

そして生徒にこうも語りかけます。「急がないで、途中で夢を変えてもよいのです。今の自分を受け入れて自分を好きになって。」と。

 そのほかに専門研修も行います。グループワークです。グループワークは、対等な立場でお互いが協力して教え合い作りあげる作業です。この活動は3名以上、できれば5名までが適当です。

 ここで示した例は、デザイン学(Visual Communication & Design)とハーバード流ビジネス交渉術(Getting to YES)です。ほかにも、まちづくりや観光や再生医学や予防医学や環境やビジネスや起業やスポーツなど、多彩な学問分野の選択肢があります。専門研修に作品を制作する活動を、少なくとも一つ選ぶとよいでしょう。作品は具体的で客観的な評価に耐えるので、生徒さんの正当な自信につながります。

 パンデミックが収束すればボストン現地研修ですが、その場合はもっと多数の一流講師と本当に顔を合わせて、プレゼンテーションや講義を通して交流して生の議論をします。予め学んだよい社会マナーを使って市民と交流する機会もあります。ボストンから観た日本。よい点も改善すべき点も体感できます。

 研修で私たちが守っていることが幾つかあります。
 一つは、高度な専門性を有しつつ、よい教育を実践できる講師による指導です。生徒を頭ごなしに否定せずに受け入れ、生徒が自分の頭で考えて、自分からアイディアを出して実践する力を導く指導力をもった講師です。高校生は半分おとなで半分こども。自分をそのまま受け入れてもらうことが大事です。

 もう一つは、講師が研修期間の途中で与える助言です。同じ講師との交流を複数回体験すると、親近感を深めて世界の先端を等身大で知ることができます。

 もう一つ付け加えるならば、講師が何を褒めるかです。講師からの質問に対して正解を答えたときよりも、自分の頭で考えて、勇気を出して自分の言葉で質問する生徒たちに対して、“It’s a good question!”、“Oh, that’s a great question!”と最大限に褒めます。生徒たちは自分が好きになり自信をもちます。

Photo_3








 

どの研修を選択するにしても、大事なのは、生徒たちが自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の言葉で話して、自分の足で歩くことです。それができれば、違う相手と協力しながら自分の専門性を生かした高度な活動「学際活動」ができます。「自立」と「共生」です。学際活動は日本人が苦手な活動ですが、自分一人ではできない途方もない成果が生まれる可能性が高く、費用対効果の面でも優れています。これからのグローバル社会における活動の主流になるでしょう。

◆おわりに―心を開き自分で自分の可能性の扉を開く高校生たち
 ここはボストン。マサチューセッツ工科大学(MIT)の廊下です。夜の掃除人であるウイル(マット・デイモン)は、壁に貼り出されていた数学の難問を偶然に見て解いてしまいます。天才であるウイルは、幼児期に受けた親からの虐待がもとで心を閉ざしています。まともな仕事に就くことができず、限られた人しか信用せず、他人を愛することができません。

 治療にあたった精神分析士のショーン(ロビン・ウイリアムズ)に対してウイルは、次第に心を開いていきます。やがて、自分がどう生きたいかに気づいたウイルは、かつての恋人を追ってカリフォルニアへの旅を始めます。ショーンがやったことは、ウイルをそのまま受け入れることでした。これは映画作品『Good Will Hunting』ですが、真理を物語っていると思います。

 私たちは時折学校を訪問しますが、そこでは「軍隊の匂い」を感じます。ほんの微かだったり強かったり、強弱はあってもほとんどの学校がそうです。「規則規則規則」「試験試験試験」。学校は虐待の場に近いといえないでしょうか。

 学校が今やるべきことは、生徒たちの多様性を受け入れ、心を開かせ、自分の目で見させ、自分の頭で考えさせ、自分の言葉で話させ、自分の足で歩かせることです。彼ら彼女らは自分の意思で自分の「可能性の扉」を開きます。私の100の言葉より、次稿の高校生たちの一つの言葉がより雄弁でしょう。ぜひ、次稿(Vol.44)もお読みください。



(ボストンブリッジ代表 蝦名 恵)

コピーライト

  • Copyright 2009 Japan Educational Research Institute. All rights reserved. Designed by TypePad