Vol.28:どこにでもいる、ケーキが切れない子どもたちー分数の概念の難しさー


  小学生が「数」についてどのような「スキーマ」をもっているかを調べるテストを開発し、実施した。「スキーマ」とはあることについて学習者がもつ暗黙の知識である。「スキーマ」は学習者が、もっていることを意識していないことがほとんどであるが、何かを学ぶときには、大きな影響を及ぼす。人は、スキーマのフィルターを通して情報を選択したり、解釈したりするからである。小学生は整数や小数、分数についてどのようなスキーマをもっているのだろうか?

 『ケーキが切れない非行少年たち』(宮口、2019)という本が話題となった。この本では、少年院に入っている子どもたちの多くが、丸いケーキを等分に分けることができないことを報告している。本の表紙には、非行少年が「三等分」したケーキの図が描かれている。ケーキを半分に分け、さらにその半分を半分に分けた図である。

   分数を学校で教えられれば分数ができて当然と思っている大人にとって、確かにショッキングなことである。しかし、私たちの行った調査では、非行少年ではない、普通級の小学生でも一定数の割合の子どもが、1/3という数字を理解するための「分数のスキーマ」をもっていないことがわかった。
  このテストでは、「1/2と1/3ではどちらが大きいですか? 大きい方に〇をつけましょう。」という問題が含まれている。この問題の正答率は3年生で18%,4年生で22%,5年生でも49%という低さだった。

 小学生は1/2や1/3のような分数をどのように理解しているのだろうか?
 それをより直接的に調べるために、基本的な小数や分数を0から1のスケール上に置くという問題も出した。小数は0.5, 0.8, 0.1, 分数は1/2, 9/10, 2/5をターゲットとした。
 1/2の場所をこのスケール上に正しく示すことができた子どもは、なんと3年生で15%、4年生で26%、5年生で46%しかいなかった。2/5ではさらに正答率は低く、3、4、5年生でそれぞれ5%、19%、31%しかいなかった。

  興味深いことに、小数の正答率は分数よりずっと高く、3年生で60%台、4,5年生は85%以上が正しく解答できた。0から1のスケール上で、0.1ずつ目盛りが打ってあるので、小数のほうが1を10等分した5つ分(8つ分、1つ分)であることがイメージしやすかったのだろう。それに比べ、分数は「1」をいくつに分割したうちのいくつ分であるかということがわかりにくいのである。

 1/2は、日常生活の中で非常に頻繁に使われる数であるにもかかわらず、「ケーキ」のような具体的なモノが与えられずに、純粋に「数」として「1を基準にしたときにそれに対してどの割合の量なのか」という基本的な概念が理解できていないので、問題に正しく答えることができないのである。
  2/5を正答するには1を5分割しなければならない。つまり0.1ずつ打ってある目盛り2つ分を単位としてその2つ分で0から4つ目の目盛りに矢印を描くと正解であるが、この目盛り2つを1単位とする心の中の操作がこの問題を特に難しくしているのである。

  調査を通じて、子どもは比較のために単位をそろえるという操作がとても苦手だということがわかった。この問題を考える上で必須なのは、まず「1」ということばの理解である。
 「1」はモノを数えるときに、1個ある、という意味で「イチ」を使う場合と、任意のモノの量を「1」として、それを分割したり、比較の基準にしたりするという意味の「イチ」がある。
 子どもは乳幼児期から個体のモノの数を数えるために数のことばを覚えるので、数のことばはモノの数のことだという誤ったスキーマをもっている。このスキーマを修正しないかぎり、「基準としてのイチ」の意味を理解することは困難である。「基準としてのイチ」の意味を理解しない限り、小数、分数の概念を本質的に理解することはできないのである。

 1/2, 1/3という数は、任意の量や数を「1」としたときに、それを均等に2分割、あるいは3分割した量や数である。この「任意の」という概念と「均等」という概念がともに非常に抽象的で、子どもにはとらえどころがなく、理解できないということも原因の一つだろう。
 「丸いケーキが1個ある」という文脈を与え、その1/2、1/3という量の大小を問うと、文脈を与えずに純粋に2つの数の大小を問うている(2)に比べ、ある程度正答率は上昇している。それでも、3年生の正答率は50%に達していないが、これは「均等」の概念がしっかり理解できていないためかもしれない。
 ある子どもは、メロンパンを半分に割り、そのうちの半分をさらに半分に割ったとき(つまりもとのパンの1/4)を、「3分の1」であると言った(谷口、2021)。「3分の1」は「全体を均等に3分割した時の一つ」という、教える側の大人にとっては当然の概念は子どもにとって当たり前ではないのである。冒頭の「ケーキを3等分できなかった非行少年」も、もしかしたら「均等」ということばがそもそも理解できなかったのかもしれない。

 実はこれは、正答できない子どもたちの努力が足りないで片づけられる問題ではない。分数・小数がいかに直感的にとらえどころがない概念なのかを示すデータなのである。
アメリカでは笑えない有名な話がある。ハンバーガー大手チェーンA社の目玉商品のクウォーターパウンダーハンバーガー(クウォーターは1/4なので、1/4パウンドの重さ)に対抗して、B社が、「わが社のハンバーガーは同じ値段でA社のクウォーターパウンダーよりおいしいだけでなく1/3パウンドもある!」というキャンペーンを張った。しかし、キャンペーンは不成功だった。ハンバーガーの購買層の多くの人たちが、1/4パウンドのほうが1/3パウンドよりも量が多いと思ったことが原因だそうだ。

 ケーキが均等に分けられないのは非行少年に限ったことではない。分数はだれにでも――普通級の子どもにも、大人にも扱いにくい概念なのだ。日本でもアメリカでも、分数や小数の概念の難しさを教育者が理解したうえで、この概念の教え方を見直すべきである。

 なお、本エッセイで紹介した調査は、『学力の基盤を測る──言語力・思考力のアセスメント』(仮題)という書籍で岩波書店から刊行する。ぜひご一読いただきたい。


 慶應義塾大学環境情報学部教授 今井むつみ

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