Vol.23:私立中学入試問題とSDGs、そしてNDA

学習塾によるSDGs解説書の刊行

 SDGs(持続可能な開発目標)を中核とする「2030アジェンダ」が国連で採択されたのは2015年12月。まだSDGsに対する認知度が極めて低かった2017年8月に学習塾・日能研がSDGsの解説書を刊行しています。
  2020年に刊行した改訂版では、私学のSDGsへの取組を紹介した章が64ページに増補されています。改訂版では、過去4年間の入試でSDGs関連の出題をした私立中学の名前が列挙されており、2020年度は2017年度の約120校からほぼ倍増しています。  
 学習塾と有名私学がともにSDGsに注目した思惑は何だったのでしょうか。

私学と学習塾の共通した思惑
共通した思惑(筆者の邪推)…これからの中学校入学者が大学受験をするころには、単純な知識を問う出題は減少し、課題解決型の出題が増えている。一方で、学齢人口の減少にともなってAO入試の比率が高まるが、そこで重視されるのは行動力。SDGsは、持続可能な社会の実現のための課題解決に向けた参画・行動も求めている。
 大学入試の変化を視野に入れると、SDGsは大いに重視する必要がある。これからの私学は、未来に生きる子どもたちに未来志向の学校であることや、時代の変化に対して感度のよい教員がそろっていることをアピールする必要があり、その点でも、私学のSDGsへの取組は必然である。

2021年度の私立中学の出題から  
 このようなことを考えながら、2021年度の私立中学の入試問題をネットで検索していく中で、「これはすごい」と感嘆させられたのが、私立麻布中学の理科の問題でした。問題を丁寧に説明しないと理解してもらいにくいのですが、問題の流れを超簡略化して示すと以下のようになります。

①氷期の約10万年ごとの繰り返しを日射量の変化で説明したミランコビッチの図の提示

②氷期の始まり・終わりと日射の関係の設問
③最終氷期に海水面の高さが120m低下していたことから、後氷期に溶けた氷の厚さを求めさせる計算問題と最終氷期の海岸線の作図
④最終氷期に日本に到来した人々が保有していた文化の選択問題
⑤アイヌ、沖縄の人々、本州の人々、大陸の人々の遺伝的な近縁関係の説明図の解説から、日本列島や周辺に住む人々の由来を示す図を選択する問題。

 最後の問題の正解として選択すべき図が下の図1です。

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図1 麻布中学の理科の問題の正解図


 感嘆した理由の一つは、理科の枠組みを超えて算数や社会の領域に踏み込んだ出題がなされている点です。新学習指導要領のカリキュラム・マネジメントが求めている「教科横断的な視点で組み立てる」という好例が入試問題の中で示されています。
 それ以上に注目したのは、問題文の最後に付された以下の3行です。

  いわゆる「日本人」には様々な祖先をもつ人々がいます。さらに、世界にはより様々
  な特徴を持つ人々がいます。地球という限られた場所の中で、はだの色など様々
  な個性を尊重して共生したいものです。


 入試問題を通して来るべき多文化共生社会への意識啓発が意図されており、「皆さんが、これから中学校で学ばなければならないのは、こういうことですよ」という強いメッセージ性を感じました。

DNAから見た日本人と多文化共生
 因みに、DNAの解析結果の地域分布と、そこから推定されるDNAのタイプ別伝来ルートについて有力で整合性のある説を総合するとおおむね以下のようになります。

 1980年代以降のDNAの解析研究の進展によって、女性から女性にだけ継承されるミトコンドリアDNAと、男性から男性にだけ継承されるY染色体DNAについて、突然変異の痕跡をたどることで、アフリカで誕生した現生人類が、ユーラシア大陸に進出し、その後各地へ移り住んでいった経路と年代が推定されています。

 日本の男性には、古い時代に分化した遺伝子(古代遺伝子)を持つ人々が半分近くを占めるという大きな特色があります。
 南方からおそらく漁労生活をしながら北上してきた人々と、シベリア方面から南下してきた人々は、ともにCタイプのY-DNAを持ち、合計で約6%、同様に狩猟採集をしながら東に移動して日本列島に到着したDタイプのY-DNAを持つ人々が約37%です。残りの50%以上は、稲作を始めたことで新しい時代に東アジアに急拡大したと思われるOタイプのY-DNAを持つ人々です(図2)。
 正解図の上の部分は、稲作以前に日本列島に到達した人々、下の部分は稲作とともに日本列島に到達した人々のそれぞれの分岐・融合の概略が示されています。

 一方、女性については、日本を含む東アジアはミトコンドリアDNAのタイプが多様性に富むという点で世界でも突出しています。しかも、下の図3のように、日本から朝鮮半島、長江以北の中国、そしてチベット高原にまで続く帯状の地域では、似たような構成比率が見られます。
 日本でも中国でも韓国でも、来歴や食料獲得手段の違う集団同士は、最初のうちは住み分けをしていたはずです。しかし、長い歴史の中で多文化共生の段階を経て次第に文化的な融合が進み、単一民族的な様相を帯びるようになったと推定できます。

 持続可能な社会の構築に向けて様々な課題を解決していくには、様々な来歴の人々と、そして言葉や価値観の違う人とも協力し合う必要があります。そのような意味でも、入学試験にSDGsに関連した出題、特に課題を解決していくタイプの出題が増えることは望ましいことだと思っています。できれば、そこに協働作業が加わるとさらによいのだが、と思っています。

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図2 日本人と漢民族の男性のY染色体DNAのタイプ別分布
 1-2. 日本と関連民族のY-DNAハプロタイプの出現頻度 rev.1 (hotcom-cafe.com) 等
 に集約された
データに基づき諏訪が作図

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図3 東アジアのミトコンドリアDNAのタイプ別分布https://www.cell.com/currentbiology/fulltext/S0960-9822(09)02067-3
赤枠は諏訪が付加


NPO法人八ヶ岳SDGsスクール理事長、学習院大学名誉教授 諏訪 哲郎

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