Vol.60:悔いのない未来を選択するために―SWSの提案

◇はじめに
 私はある都立高校に通う2年生です。高校に入ってから、定期的に進路ガイダンスが行われ私たち生徒も自身の将来と向き合いながら日々決断を繰り返しています。その教育の流れが、私にはとても速すぎるように感じていました。私の「まなびの小径」は、日本の高校教育に対しての考えとSWSという新しい発見について、今の私なりにまとめたものです。

◇進路決めで感じた疑問
 私たち高校生が選択していく「進路」は、中学で経験したそれよりもはるかに重大で、私たちの将来により大きく関わっていく存在です。具体的に私たち日本の高校生が3年間で決めるべきことを説明すると、高1の終わりには文系か理系かを選択しなくてはなりません。高2の終わりには専攻学部、すなわち3年生で学ぶ教科の選択を迫られます。そして受験生となった高3では出願する大学や学部を決める必要があります。

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 そんな重要な選択をしていく間に定期考査があり、学校行事があります。自分の進路や将来についてじっくり調べて考える時間はあまり多くありません。しかし、浪人や留年はあまりよい目で見られることはありません。さらに就職活動においては不利になることもあります。日本での高校生活は、たとえるならば時刻表のようだと思います。

 行き先やルートはある程度選択できるけれど、時刻は自由に決められない。時刻表に従う私たち高校生は自分自身の将来に向き合う時間が欲しくても、常に選択に迫られて学校生活を送っているように感じます。 16歳にして自分が文系の職に就くのか、理系の職に就くのか決めるのです。人生100年時代といわれる現代においては、まだ人生の1/5も生きてない生徒が、自分の人生のおおまかな流れの決定をこの年で迫られています。とてもおかしな話ではないでしょうか。

 今現在の私の夢は法律関係の仕事に就くことですが、例えばこれから看護師や医師の仕事に憧れを抱くことがあるかもしれない。つまり、16歳で文理を決める、ということは、どちらを選んだとしても16歳にしてすでに人生の選択肢の大部分の可能性を切り捨てることである、と私は考えてしまいます。
 今の日本の高校教育は能動的であるように見えて、期限が決められているゆえに受動的な教育になってしまっているように思えます。「将来こんなふうに生きたい」「こんな仕事に就きたい」という思いは、何もないところからは生まれてきません。自身の経験が憧れとなり原動力となる。そのため今の高校生には、圧倒的に経験の場が足りないと感じています。教育はもっと広い選択肢と可能性にあふれたものであるべきです。

 2021年のOECDの調査結果によると、大学1年生の平均年齢は日本が18歳、OECD平均が22歳、良質な教育で有名なフィンランドは23歳という結果でした。また、高校卒業後すぐの進路として日本は約7割の生徒が大学へ進学します。それに対してOECD各国の、高校を卒業してすぐ大学へ進学する生徒は4割ほどになっています。

 では、他国の生徒たちは高校卒業後、大学へ進学するまで何をしているのでしょうか。気になった私は、フィンランドの教育について調べることにしました。

 フィンランドの生徒と日本の生徒の大きな違いは、高校卒業後の進路の幅です。
 日本は大きく分けると大学進学、浪人(予備校)、就職となると思います。比較してフィンランドでは、高校卒業後、大学へ進学したり、アルバイトをして将来のための資金を稼いだり、経験を広げるために旅をしたり、地域のシェルターで同年代と語り合ったりして過ごすそうです。
 そういった活動をしている中で自分が将来どんな仕事に就きたいのか、どんな風に生きていきたいのかを見つけていくのです。その夢の実現のために大学に入学する必要があれば、それに向けた受験勉強をしていきます。


 他国の生徒たちが高校卒業後、さまざまな活動に参加して経験を増やしたり自身の将来とじっくり向き合ったりする中で、日本の生徒は自分の将来について特に決めていることもないまま大学へ進学し、勉強を続けている人は少なくないでしょう。私は、そんな日本の高校教育に疑問を感じていました。

◇School Within a School
 高校1年生の後半、ボストンアカデミックツアーというプログラムがあることを知りました。これは私の高校が開催する研修で、ただの語学研修ではなく、多く経験と発見を取り入れたアカデミックツアーです。この研修の大きなプログラムの一つに自分の興味のあることについてのプレゼンテーションがありました。

 そこで私は「教育」というテーマを選びました。私が高校で感じている疑問について講師の方々と話をする中で、「SWS」に出会いました。School Within a School(SWS)とは、自主性に富む若者を育てる、「学校の中の小さな学校」です。
 ボストンで私たちが実際に訪問したBrookline High School(BHS)にもこのSWSがあり、生徒数約120人で構成された組織でした。日本の高校教育が時刻表ならば、SWSの教育は行き先も出発時間も自由に決めることができる自家用車でしょう。

 SWSの特徴は主に以下の3つです。
・独立し、自主的な学習とプログラム
・独立した予算
・1グループにつき1人、他の地域からの教員がつく

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 小さな学習環境をつくることで、学習面だけでなく社会性などの能力全体の底上げや生徒の経験の幅の拡大も期待できます。

 以下は私が考えた、「私が通う高校のSWS教育」です。
 SWSには、教育や自分の将来、学びや知識を得ることに対してアグレッシブな生徒が在籍します。生徒はそれぞれに興味のある事柄でグループに分かれて、自分たちで決めたテーマに基づいて学びを深めていきます。SWSの教育では、よく知られているPDCAサイクルに沿って探究をしていきます。

・P(Plan):興味のある事柄について、何を学ぶのかテーマを決める
・D(Do):書籍、実験などさまざまな方法で学びを深めていく
・C(Check):それぞれのグループがプレゼンテーションをし、先生と生徒からアドバイスをもらう
・A(Act):アドバイスをもとに探究内容に変更を加え、学びをよりよいものにしていく

 私の考えでは、SWS教育は高校生の探究活動をより深く自分たちのペースに合うようにしたもの、というイメージです。SWSを高校につくることはもちろん生徒の自主的な活動を支援し、経験値の向上を図りますが、学校の多様性を広げることにもつながります。SWSとの出会いは、私にはとても魅力的で刺激的でした。

◇ダン先生の講評
 プレゼンテーションはボストン大学の、他国からの留学生などが大学で学ぶ前に英語を勉強するCELOPと呼ばれる場所で行いました。そこで講師をしているダン先生に向けてプレゼンテーションをし、講評をいただきました。以下はダン先生からの講評を和訳したものです。

 「これは私が日本の教育について何度も聞き続けているテーマの一つです。そして文科省がどのようにしてこの問題に取り組んでいるか、何年も教育者と議論してきました。現にBHSでは120人の生徒がSWSに所属していることから、SWSというアイディアは学校内で取り組みが可能な方法の一つであると思います。

 学校内では全ての生徒が異なる方法で学びます。見たり聞いたりすることによって学んでいきます。また、生徒たちはさまざまなテーマ、課題に反応します。そしてそのためには生徒がインスピレーションを受ける必要があります。だから若いときに、人々が人生で学ぶための学校の制度を作る必要があるとあなたは考えていると思います。

 アメリカでは大学に行くまで文系や理系に分かれることはありませんが、高校で選択科目を選び学びます。だから自分の学びたいことに集中できる。日本では英語は必須科目で、代わりに他の言語を学ぶ選択肢はありません。それができる高校はあるかもしれないけれど珍しいと思います。

 アメリカには、マグネットスクールと呼ばれる特定のカリキュラムを学びたい生徒が来ることができる、特殊な学校があります。そこでは生徒のやりたいことができるため、SWSがあることに代わるのかもしれません。

 これは、日本よりアメリカで近年多く見られるギャップイヤーと呼ばれるものに少し似ています。高校から大学に進学するまでの間の年であり、再びテストのための勉強をするのではなく、外に出て何かを学んだりボランティアや旅行などをしたりできます。彼らは自分たちの人生にこのような冒険を与えることで、何か新しいことに挑戦できるようにより強くなり、自分自身を理解していきます。

 ですが、ほとんどの親はこのギャップイヤーをよく思っていません。子どもが一人で旅行したり時間を無駄にしたりすることを心配するからです。しかしギャップイヤーは若者が大学に行く前に何になりたいのか、何をしたいのかを考えるのに非常に役立つものだと思います。

 アメリカの全ての高校がBHSのようにSWSを設置しているわけではありません。まだ準備ができていないときに子どもたちが一つの方向に押し込まれないよう、多くの時間を与えることはとても重要なことです。
 15歳のときに正しいと思ったことが残りの人生でもそうであるとは限らない。だから高校で生徒が自分のやりたいことを探究できるような科目を設けることが重要なのです。学ぶことは、試験に合格するためでも、家族に誇らしく思ってもらうためでもなく、自分の人生を幸せなものにするためなのです。」

◇さいごに―研修を通して考えたこと―
 経験は自身の夢や憧れを形づくる、と私は考えています。実際、この研修に参加した仲間と将来どのような仕事に就いてどのように働きたいかを話し合ったときに、この経験が大きく影響しているように感じました。将来を考えるとき、豊富な経験値があるかないかは非常に重要なラインになります。

 ダン先生もおっしゃっていたように、勉強は自分の人生を幸せなものにするためのものです。学歴や安定した生活はもちろん重要なことですが、好奇心のための学びであり、学びのための知識である、とボストン研修で学びました。

 将来、何をやりたいと思うのか、何を学びたいと思うのか、高校生のときに選択したことが必ずしも正解であるとは限りません。将来へ向けた選択肢の幅が広いことはとても重要です。だから、まだ準備の整っていない高校生という時期に重大な選択を迫り、可能性を狭めてしまうのはとてももったいないと感じるのです。SWSは生徒に多くの経験と可能性を与える提案であると考えています。



                              (高校2年生 理世)

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