Vol.52 : 地域とともにある学校」と「地域社会の空洞化」(連載第1回)
*この原稿は、『教育展望』2023年9月号に掲載されたものの再録です。
〇内閣府発の教育行政の波紋
新型コロナウイルス感染症の5類への移行で、学校現場でコロナ対策より上位に浮上してきた感があるのが、「個別最適な学び」であろう。
いうまでもなく、2021年1月の中教審答申「『令和の日本型学校教育』の実現を目指して」の副題にある個性や能力に応じた学びの実現である。1人に1台配布された端末をどのように使えば答申の趣旨に沿うのかという、ICTの活用方法が改めて問われている。
「個別最適な学び」の源を探ると内閣府にたどり着く。2018年6月に文科省が公表した「Society 5.0に向けた人材育成」では「公正に個別最適化された学び」と表現されていた。
ここに登場している「Society 5.0」は、2016年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画において、日本が目指すべき未来社会の姿として提唱されたものである。同計画を所管する内閣府からその実現に向けた取組が各省庁に求められたのに対する文科省の回答が、「Society 5.0に向けた人材育成」である。内閣府発の「Society 5.0」に経産省がらみのICT活用が加わり、「個別最適な学び」という流れが教育行政に及んだといえる。
様相は違うが、文科省主導の教育行政では一挙に変わりにくい部分に、内閣が関与することで変革が進んだもう一つの例が、学校運営協議会の役割の変化である。
次回に詳述するが、地域社会からの応援なしには運営が困難になりつつある学校と、少子高齢化で地域のまとまりや活力が低下し、学校という結節点がいよいよ重要になっている地域社会。この共生関係のために学校運営協議会が強化され、「地域とともにある学校」という言い方が生まれた。
〇「応援団」に変わった学校運営協議会の役割
「開かれた学校」を目指して、保護者や地域住民等の意見を学校運営に反映させることを意図して2001年に誕生した学校評議員制度は、2004年の地方教育行政法改正で設けられた学校運営協議会に取って替わられていった。学校運営協議会には、以下のような、極論すれば学校に対する「お目つけ役」的な権限が与えられていた。
①学校の運営に関する基本的な方針について承認する。
②学校の運営に関して教育委員会又は校長に対し意見を述べることができる。
しかし、2015年12月の中教審答申「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について」で学校運営協議会の役割はさま変わりする。
答申には、学校運営協議会の目的として、「学校を応援すること」の必要性が明記されていた。答申は「地域社会のつながりや支え合いの希薄化等」にも言及しており、「地域社会の空洞化」が進んでいるがゆえに、「学校と地域の連携・協働による社会総掛かりでの教育の実現」が求められていると訴えている。「地域とともにある学校」というキャッチコピーもこの答申からである。
〇学校の「応援団」は「地方創生」の副産物?
この中教審答申の表題にも「地方創生の実現」とあり、2015年12月の三つの中教審答申を受けて文科省が発表した「次世代の地域・学校」創生プラン(通称・馳プラン)の冒頭の「策定の趣旨」には、「一億総活躍社会の実現と地方創生の推進のため、学校と地域が一体となって地域創生に取り組めるよう」と書かれている。明らかに学校教育のためというより「地方創生」に重きが置かれている。
「地方創生」は第2次安倍内閣が打ち出した東京への一極集中の是正や地方の活性化を目指した政策で、内閣に置かれた「まち・ひと・しごと創生本部」が「まち・ひと・しごと創生総合戦略」等を策定し、2014年12月に閣議決定された。
この総合戦略等に呼応した文科省としての施策を取りまとめる過程で生まれたのが、学校運営協議会への学校の「応援団」という役割の付加であった。前述の「Society 5.0」と似た構造である。
それでは、内閣(府)の動きに引っぱられるかのように進んだ教育政策をどのように評価すべきであろうか。次回以降に、筆者が実際に関わってきた東京と地方の実態に即して述べていく。
学習院大学名誉教授 諏訪哲郎