Vol.51:教育とAI

 ChatGPTなどの対話型生成AI(人工知能)の世界的な流行と急速な普及があり、文部科学省から「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」(以下、「暫定ガイドライン」という。)が公表された。この暫定ガイドラインには、生成AIの概要、活用の適否や校務での活用等の今後の方向性、活用の留意点とチェックリストなど、必要事項が具体的に示されている([注1]参照)。

 一方、教育における生成AIの活用については、暫定ガイドラインの公表前からさまざまな議論があり、また、公表後も活用策や実践事例が研究会やWebニュース等で数多く提示されるなど、学校にとっては情報過多の状況があるように思われる。
 そこで、ここでは「教育とAI」について、次の三つの観点から改めて整理していきたい。

1 教材・教具としてのAIの位置づけ
 AIは、教材・教具の一つである。例えば、学習者用端末も児童生徒が「文具」として主体的に活用することが求められているが、学校教育で使用される以上、教材・教具であり、その端末で使用されるAIも安全かつ効果的なものとして、提供されなければならない。

 そこで、前記の暫定ガイドラインでは、情報モラル・情報リテラシーの教材としての活用、討論の視点を補ったり英会話の相手となったりする教具としての活用等が例示されている。しかし一方で、ChatGPTなどの対話型生成AIの活用においては懸念やリスクも多いため、教材・教具としての活用は「限定的な利用から始めることが適切」としている。

 なお、AIには、深層学習(DL:Deep Learning)を用いる生成AI等だけでなく、機械学習(ML:Machine Learning)を用いるAIドリルや学習支援ソフト、さらには校務支援ソフト等も含めた広義の人工知能(AI: Artificial Intelligence)がある([注2]参照)。
 こうしたAIについても、事前の指導やリスク対応を行ったうえで、効果的な教材・教具として積極的に活用していくことが大切である。

2 学校教育におけるAI活用の意義
 学校教育におけるAI活用においては、AIを用いたICT等の効果的な活用による「個別最適な学びの充実」と「働き方改革の実現」が特に期待されていると思われる。
 実は、これらは長く懸案になっている事項であり、さまざまに改善も試みられてきた。

 例えば、1990年前後には、各学校へのパーソナル・コンピュータ(PC)の導入にともない、CAIによる個別学習の実施やCMIによる校務の効率化が次のように試みられたが、いずれも課題解決には至っていない。

 CAI(Computer Assisted Instruction)は、「コンピュータに支援された教授法」である。当時、国は「F-CAI」というフレーム型の個別学習コースウェアによるCAI教材の開発を進めていた。これは、問題の解答の正誤によって補充学習や発展学習のフレームに遷移していくもので、各生徒の「完全学習」を目指していた。
 現在の言葉でいえば、「個に応じた指導を目指すe-ラーニング」である。しかし、PCやシステムの限界もあり、私の作成したCAI教材を含め、ほとんどが個に応じた指導の実現には至らなかった。

 他方のCMI(Computer Managed Instruction)は、「コンピュータに管理された教授法」である。こちらは、PCによる成績処理、教材や指導計画の作成等であり、データや文書の管理や再利用は容易になった。しかし、教育課題の多様化・深刻化等により、校内および教育委員会からのアンケート調査や文書作成等の要請が増加して教職員の負担が深刻化し、校務の効率化や働き方改革は進まない状況となっている。

 上記のCAIと同様の取組は、現在のAIドリルや個々の学習履歴のAI分析等によって「個別最適な学びの充実」につなげることが可能である。また、CMIの取組における文書作成の課題も、文書量を削減することに加え、生成AIが作成する「たたき台」の活用によって改善への道が見えてきた。

3 今、各教師に求められていること
 今、各教師に求められているのは、第一に児童生徒の情報活用能力の育成である。特に、AIが日常生活に急速に浸透してきている現状において、情報の適正な発信や正誤の判断などの指導は不可欠である。

 第二は、教師自身がまずChatGPT等の生成AIを使ってみることである。既に使っている方と一緒でもよい。今後、実践事例を基に校務での活用が進められ、児童生徒の学習での活用も始まってくる。その際に、生成AIの利便性やリスクを実感しておくことは極めて重要である。

 例えば、ChatGPTで、「私に分数と分数のかけ算を教えてくれますか?」と質問すると、「もちろんです!」と即答されて順を追った丁寧な説明があり、最後に「もし何か質問があればお気軽におたずねください。」という自然な流れの回答が提示される。また、「もっと簡単に。」と指示すれば的確に要約される。
 一方で、「『ごんぎつね』のあらすじを教えて。」と指示したら、おそらく実在しない物語のあらすじが極めて明解にそれらしく語られた、といったこともある。
 前者は利便性を、後者は回答の信頼性のリスクを私が実感した事例であるが、こうしたやり取りでは的確な質問(指示文)の重要性も実感できる。ぜひ、ご自身でお試しになることをお勧めする。

 なお、回答の信頼性の課題については、現在のChatGPT等では基となるデータの出典やデータ処理の手法・過程等が示されないため、回答の内容の信頼性だけでなく、著作権や個人情報の扱い等の信頼性の判断も困難である。したがって、現状においる活用では、情報の真偽や適否は教師が判断して教材化を行う必要がある。

 以上のように、学校教育におけるAIの活用にはまだまだ課題が多く、AI自体の全体像も見えにくい状況がある。しかし、児童生徒には「AIを使いこなす力」を身につける必要があり、「個別最適な学び」や「教師の働き方改革」の実現にもAIの活用は不可欠である。
 今後とも、デジタル教科書やAIドリルの導入、AIによる児童生徒の学習履歴の分析と支援、AIを活用した指導や校務運営の実践事例の共有など、関係する動きを注視していきたい。

                           (教育調査研究所主任研究員 守屋一幸)

[注1]:「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドラインの作成について」(通知)
https://www.mext.go.jp/content/20230704-mxt_shuukyo02-000003278_003.pdf

[注2]:総務省「情報通信白書令和元年度版」第1部第3節(1)図表1-3-2-1「AI・機械学習・深層学習の関係」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd113210.html

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