Vol.17:ワクチンを作れない国と身分制度と日本再生

ワクチンを作れない国と身分制度と日本再生

身分制度と忖度
 はじめに、「日本は身分制度社会か?」を考えます。

 筆者は今、日本のビジネス人のための交渉術のセミナーを企画しています。1980年代にハーバードロースクールの一派が開発した”Getting to YES”(日本では「ハーバード流交渉術」として知られている)です。従来の一方的な利益追求型(バーゲニング)から相互利益型(ウイン―ウイン)への転換です。ディベートからディスカッションへの転換ということもできます。

 その勉強からわかったことがあります。知日家や親日家で知られる人たち(例えば、(元)ハーバード大学教授で(元)日本駐在アメリカ大使であったエドウイン O. ライシャワー氏ら)が、日本社会を「身分制度」社会と規定していたことです。

 「忖度」とは相手の気持ちを自分なりに考えることです。相手への思いやりは、どこの社会にもあります。社会で肩を寄せ合って生きるためには「誰に対しても」忖度は必要です。
  ここでもう一度、日本の忖度を、こう見直しましょう、「誰に対して?」 そうです、目上の者たちへです。会社でいえば上司や幹部たち、政治でいえば派閥の長。逆に目下の者たちへ忖度をしますか? 身分制度下の日本では、本物の忖度はほとんどありません。目上に忖度するから下につらくあたり女性を蔑視する。日本の忖度はただの「ゴマすり」でした。先日の「森事件」は、身分制度が確かに生きていることを証明しました。

  ところで、新型コロナウイルス(COVID-19)に対するワクチンは日本ではできませんがなぜでしょう? それと身分制度を次に考察します。

現代のイノベーションmRNA型ワクチン
  はじめに抗ウイルス抗体の作り方を簡単に復習しましょう。抗体の作り方は、おおざっぱにいうと3通りあります。

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 一般的な方法は、ウイルスのタンパク質を生き物に注入する方法です。上図の右部分が相当します。タケダ製薬など日本でも作ることができますが時間がかかります。
 次の方法は、ウイルスの核酸のうちDNAを使う方法です。ある種のウイルスにDNAを組み込み(ベクターといいます)生き物に注入すると核に到達するので、通常の経路でタンパク質が合成されて抗体ができます。この方法はアストラゼネカが採用しています。これまでは普通の発想です。
  最後のmRNA法は、ファイザーやモデルナの新型ワクチンとして一躍有名になりました。マサチューセッツ州立大学メディカルスクール癌研究所のメリッサ J. ムーアという女性科学者(モデルナの科学顧問)のすごいアイディアです。なんと、ウイルスのタンパク質をコードするRNAを注入して抗体を作るという方法です。

 なぜ、このような研究が日本でなされなかったか? それは、あまりにも突飛だからです。常識に反していますし、わからないことだらけです。「投与したRNAがそのままタンパク質合成のmRNA鋳型になるはずがない!」「どうやって分解を防ぐか(RNAは分解されやすい)?」「効率は?」私でも、このプロジェクトをやらない複数の理由をあげることができます。会社なら「あなたの研究への投資を、いつ、会社に返してくれますか?」と聞かれるでしょう。

  可能性に満ちた幾多のアイディアを潰し、新しいものを作る人材をいじめてきた日本の会社。リーダーにふさわしくない人たちがリーダーシップをとってきました。ここまで読んだ皆さんは、なぜタケダ製薬のクリストフ・ウェバー社長が、シャイアーを約7兆円で買収しようと決心したかがわかるでしょう。抗生物質の成功から抜け出すためです。
  生物医薬はいつ誕生したのでしょうか? 1978年です。インターフェロンのクローニングに世界ではじめて成功したチャールズ・ワイスマン(チューリッヒ大学)がウォルター・ギルバート(ハーバード大学ノーベル化学賞)らと設立したバイオジェンです。バイオテクノロジーが製薬分野に登場した瞬間でした。
  時代の動きに鈍感なリーダーたちは製薬業界に限りません。教育に欠陥があるのは明白です。

日本再生への道
 文部科学省のSSH事業の指定校は200を超えています。でも日本の理系研究者の最大の弱点は教養の無さです。アメリカは理系音痴が多いのでSTEM教育(Science + Technology + Engineering + Mathematics)やSTEAM教育(STEM + Arts)は意味があります。
 上野千鶴子は「ハーバード大学の学生も日本の銘柄大学の学生も大きな違いはないが、大学で徹底的に鍛えられるか否かが違いを生む」と言います。そうですが、一つだけ違いがあります。それはハーバード大学の学生は(他の学生もそうです)自分の領域にこもらないことです。その違いは途方もなく大きい。
 一人でできることは限られているし、一つの学問領域ができることも限られています。多様な者どうしが、対等な関係で、お互いの違いを超えて交流し融合する、意思と力をもつ世代が育つことだけが日本を救います。


グローバル教育企画社、ボストンブリッジ代表 蝦名 恵

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