Vol16:映画を教育に生かす(2)

映画を教育に生かす(2)

 映画『鬼滅の刃』は昨年封切り後、半年が過ぎても、今なお人気の中にある。コロナ禍において老若男女が映画館につめかけて、さまざまな感動を得たという。 著者もリピーターとして、3回ほど映画館に行った。1回目は「どんな映画かな」、2回目は「家族愛とは、兄姉愛とは何か」、3回目は「どうしてこれほどの人気になったのか」とテーマ設定をして足を運んだ。毎回、感動のレベルが違った自分がいて、何回鑑賞しても耐えうる映画だと認識したのもつい最近のことである

 今回は「映画を教育に生かす」に引き続いて2編を紹介したい。

『ビリギャル』

 学年ビリの生徒が「慶応大学に入る」と宣言し、それを実現するまでの親との関わり、塾講師との関わり、その在り方を描いた映画である。最後まで生徒を支えてくれるのは母親と塾の先生だった。「子どもを信じるとは何か」をテーマとした実話ベースの作品である。

 主人公のさやか(有村架純)は、「聖徳太子」を「せいとくたこ」と読むような生徒だった。彼女は希望の学部には入れなかったものの、慶応大学に入りたいという強い思いを諦めることなく、これまでの学びを総動員し、結果に結びつけるのだ。

 コロナ禍では、今まで以上に自分の願いや希望を叶えることに不安や絶望を抱いている高校生が少なくない。「今の自分のままでよいのか」「こんなにつらい思いをしているのは私だけかな」と戸惑いながら自分の進路を決めていく姿は、この映画とも重なる。

  自己決定の意志の強さとやり抜く精神力が自分を支えてくれる。何よりも必ず自分を支えてくれる人が一人でもいれば道は拓ける。この映画から、そんな思いを抱いて挑戦する意義を学ぶことができる。

『借りぐらしのアリエッティ』

 この映画は、両親が子育ての中で「誰にも見つかってはいけない」「ひっそりと生活をすればよい」という、原作『床下の小人たち』(1956年刊)を現代版にしたアニメ作品である。

 この映画の主題である「人間に見られてはいけない、それが床下に住む小人たちの掟だった」の意味を理解し、原作の歴史的経緯を踏まえて鑑賞すれば、現代的社会問題をも理解することが可能となる。何よりも「自分たちこそ小人のような気がする時代」を実感できるはずである。

 現在の私たちの社会はどうだろうか。「生きる」とはどういうことだろうか。目立てば非難される、何も言わないとさらに非難される。陰で悪口を言われ、SNSの反応を気にしながら生きる等、自己の存在が誰かに支配されているかのような錯覚に陥ることも少なくない。

 それでも、自己実現のために挑戦すること、努力すること、諦めないことが「生きる」上で大切だと言う。改めて、歴史を紐解いて今の自分を振り返る契機にしてはどうだろうか。このアニメから光明を見いだすことができるかもしれない。

【ペンネーム 映画を教育にTK】

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